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ロリでオタでも

旧名・ロリでオタでも早稲田を目指す

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【短編】捨て猫

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パソコンの光が目に眩しい。カーテンを締め切った暗い部屋では、当然の事だ。顔を上げると、驚くくらいに視界がぼやけた。
暗闇の粒子と粒子の間隔が広がった気がする。また視力悪くなったな、俺。
自分の事が、まるで他人事のように感じられた。
もう自分は、ここにいなくて、ここにいる自分は抜け殻なのかもしれない。
なんて。
思いもしない事を、考えながら、パソコンの画面に目をこらす。
動画共有サイトは今日も活気がある。たまに、プッと吹き出すような笑いが起こるから、止められない。いやむしろ、止めてしまったら、俺はどうかしてしまうじゃないかと思う。
何もしていないと、どうしてもあの事を考えてしまうから。忘れもしない二ヶ月前、たしかに起きたあの事件。

言葉は万能だ。
時に盾となり、人を守り、時に剣となり、人を攻め、時に本となり、人を悟し、時に橋となり、親睦を深めることができる。
だが、使い手は十分に使いこなせるとは限らない。盾としたつもりが剣になることもある。
そしてそれは時に致命傷にもなる。俺は、それをしてしまったのだ。

雨が短い糸のように降り注いでいる。暗雲は見える限りの空を全部覆い、その侵略地を地上にも伸ばす勢いだ。
もちろん、そんなことはないのだけれど。
こんな日にコンビニに出掛けるのは、気が進まない。
母親にでも頼もうかとも思ったが、ここのところ昼間は姿を消す習慣ができたようで
もう家にはいなかった。
きっとこんな息子に愛想が尽きたのだろう。
女手一つで育てた一人息子がこれだ、悲しくならない方がおかしい。
仕方なく、傘を持ち外に出る。早速の雨水の出迎えを俺の顔が受け止めた。気持ち悪いほどヌルい梅雨の雨水は、少し新鮮だった。

コンビニで買い物を済ますと、足早に家路に向かう。その途中の空き地に目が止まった。
売却中の看板の立ち、雑草が、ここは我が土地と言わんばかりに、20m四方の空き地に蔓延っている。
真ん中に見える三つの土管は、まんま金曜7時のアニメに出てくるレイアウトで配置されている。
小さい頃、売却中の看板も何のそのと、よくここで遊んだものだ。
「アイツともここで……」
そこで思い出すのを止めた。またあの事を考えてしまいそうだ。
そうして、俺は空き地を離れようとした。
「ん?」
そこで違和感に気がついた。何かが土管の中から飛び出しているのだ。それもほんの数ミリだけ土管から出ている。
そのまま、通り過ぎようかととも思ったが、好奇心が俺を捕まえてしまった。
悪戯防止の簡易的柵を越え、土管に向かう。
近づくにつれ、それの正体が掴めてきた。
それは……
人の髪の毛だった。
だが、ここまで来ると、もう好奇心は俺を止めることをしない。好奇心に背中を押されるようにして、俺は、土管の中を覗き込んだ。
「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
思わず情けない声を上げてしまう。
だって、人がいたのだ。Tシャツだけを身に着けた女の子が、うつ伏せで。それだけならまだいい、その子には、その子には……
「猫耳ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!?」
俺は生まれてこの方、猫耳の生えた人間など見たことが無い。
そういう特殊な者を好む、人間がいる事は知っていたが、それは次元の違う話だ。ここは、三次元、二次元じゃない!なのに何で?何で?
「うっさいわねぇ。耳が生えてて悪かったわね」
土管からのそりと、ソレが姿を現す。
長い漆黒の黒髪が、雨に濡れ、妖艶さが際立たされている。
白い一枚のTシャツは、雨によってピッタリと体にへばり付き、その体をすべて透かしてみしていた。そこそこ豊かな乳房も、そのピンク色の頂も、そして、下半身の陰りもうっすらと。だが、本人はそんなの意に返さない様子で、堂々と突っ立っている。
そしてその少し幼さを残したような整った顔には、猫のような……
「猫耳ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!?」
「しつこいわねっ!」
ゴッと、蹴りが屈んでいた俺の顔面にヒットする。
その際に見た、足の付け根のサンクチュアリを俺は忘れない。大人のそれの一歩手前の、少しばかり薄い毛、それと白い太ももの成すコントラスト。それはどんな芸術作品にも勝るとも劣らなかった。
女の裸は、生ける芸術。昔の偉人は素晴らしいことを言う。
「ねえ、あんた」
あんたとは俺の事なのだろう。
「ええと、何?」
「今日から、あんたの家に世話になるわ」
一瞬思考が止まる。たった今あったばかりの女の子と、同棲?しかも、あっちから話を持ちかけてくるだなんて。
それだけじゃない、彼女には、猫耳が生えている。現実と信じろという方が、難しい。
「ねえ、どうして君には耳が生えてるの?」
「猫だからよ」
あ、そうか。猫だからか、はははぁ。そうだ、猫だから猫耳が生えている、至極当然のことではないか。
俺は確信した。この質問は無駄だ、と。
「ねえ、それより風邪を引いてしまうわ。早くあんたの家に連れて行ってよ」
彼女は、まるで俺のことを召使いであるかように言った。
仮にも居候になる身分で。

猫耳娘を傘の中に招き入れ、彼女の陶器のように白く小綺麗な顔に見とれながら、俺はふと現実に戻った。
頼まれたからこれから同棲。いくら雨の日だからと言っても、現代日本の倫理観からしておかしい。
おそらく、はいそうですか、と易々と泊めようなんて、後で手を出す来満々の犯罪者予備軍くらいじゃないだろうか。
猫耳娘へと視線を移す。
立ち止まってる俺の顔を不機嫌そうに睨み返す顔に悪意も、一抹の疑問や、申し訳なさも感じない。それを見て、その質問やら、それに付随するすべての会話は無駄になるだろうことを悟った。
「いつまで立ち止まっているのよ。早く歩きなさいよ」
「はいはい」
泊めるとは言っても、尻に敷かれるのは少しいやだった。

部屋に入るなり、猫耳娘は、俺のクローゼットを漁り、とりあえず着られそうな物を探す作業に入った。もう、そこまで世間を逸していると、人間とは不思議なもので、それが至極当然であるかのように見てしまうらしく、俺は黙って、座りながらその一部始終を観察していた。
猫耳娘のお尻がこちらに向く、白い尻たぶが見えるか見えないか、というような、どうにも魅力的なアングルだ。
内心少し期待しつつ、俺は眺め続ける、と何かがオカシイのに俺は気づいた。
尻から、正確に言うとその少し上から、色のついた綱のような物が生えているのだ。
長さは60、70cmくらいで、何やらとても柔らかそうだ。
だが、これは俺の知っているいわゆる普通の女の子には、くっ付いているものじゃない。
彼女の猫耳を思い出す、あれが耳だとすると、これは……
「尻尾ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」
 ベしんっ!
尻尾と思われる物体が、頭に結構な勢いで当たった。
柔らかそうに見えたのだが、中身というか、芯はしっかりしているようだ。
「いちいちリアクション大きい!」
また、怒られてしまった。もしかしたら、猫耳や尻尾を彼女は彼女なりに気にしているのかもしれない。
するとようやく彼女は、気に入った服を見つけたようで、満足そうに頷くと、おもむろに服をその一枚のTシャツを脱ごうとした。
「と、ストーーーーープ!」
「何よ?」
「部屋を出て行きますので、しばしお待ちを」
俺はそう言って、そそくさと自分の部屋を出て行った。
自分の部屋で裸体を拝むようなことがあったら、自分がどうかしてしまいそうだ。
それこそ倫理に負けて、あの子を押し倒しかねない。
と、そこで俺は思った。
普通こういうのは、男が気を利かせるものじゃなく、女から『すみません、着替えますので』と顔を少し赤らめながら、目線は少し下に向けつつ、恥ずかしそうに頼むものじゃないか、と。普通そうであるのに、猫耳娘はそうでなかった、つまりこれは……
押し倒してよかったんじゃん。
「って、んなわけあるか」
自分の考えを即座に自分で打ち消す。
押し倒してよかったんじゃない。さっきからの彼女の行動、そして容姿を見る限り、普通ではないのだ。
だから、通常持つはずの羞恥心も持ち合わしていない。つまりそういう事だ。
自分の論理の鋭さに惚れ惚れしながら、犯罪に走らずよかったと安堵しながら、猫耳娘が着替え終わるのを俺は待った。

30分立った。この何も無い廊下では、30分という時間を潰すだけでも相当な苦痛を有する。
もし人間を最も苦しめて殺そうと思ったら、こんな何もない空間に餌を与えつつ、放置してやるのが一番だと思う。
そう考えると、動物達はとても哀れだ。檻にでも入れられたら、こんな苦痛を一生受け続けなければならないのだから。
人間でよかった、そんな馬鹿みたいな喜びを噛み締めながら、俺は立ち上がった。
さすがに、もう掛かりすぎだ。
 
カチャ
 
ドアノブが回り、扉が開く。
人影は見当たらない。が、直後ベッドの上が妙に膨らんでいるのが目に止まった。
猫耳娘は……寝ていた。心底幸せそうに、俺の待ち時間など頭の片隅にもないように。
考えてみれば、呼びにこないのも、当たり前だ。
彼女の頭の中じゃ、どうして俺が部屋から出ていったのか、想像もついていないのだろうから。
だからといって、起こしてやるのもかわいそうなので、そのままパソコンの前へと移動する。何気なく、電源が立ち上がるまでの間、猫耳娘へと視線を向ける。
すると、ちょうど寝返りをうつのが目に止まった。掛け布団を跳ね除けるようにして、左足が根元まで露になる。
幸い、というか残念ながらと言うのか、上手い具合に右足と交差され、大事な部分は見えることはなかったが、
そんな際どい、見えそうで見えなはがゆさに逆に駆り立てられてしまうのが、男というもので、俺はその姿に釘付けになってしまった。
というか、むしろ白い太ももに俺の貸した白いTシャツ。それにそそられない男は男じゃない、とさえ思う。
そんな夢の塊を眺めながら、今日何度目かの違和感に気がついた。
太ももの付け根に、何か黒いものがあるのだ。目を凝らしてみると、ほくろでもなく、何やら文字のようだった。
それは、猫耳や尻尾に比べれば、些細なことではあったが、気になるには気になる。好奇心は過去にあったことなんて、関係ないもの。
だから、ゆっくりとなるべく足音を立てないように、猫耳娘に近づいた。
その姿はさながら変質者、ちょっと自分で自分が悲しくなった。
「072?」
付け根の文字列は、そう書いてあった。
いや、書いてあったんじゃない、なにやら焼印のようなもので押してあるのだ。
または、刺青か何かか、どちらにせよ、詳しくない俺にはわからなかった。だが、それにしても、卑猥な数字列だ。
072……どうしてもアレを連想せずにはいられないじゃないか!
「何?」
耳の端からくる、少し不機嫌そうな声。
見ると、目を瞑りながら眉だけを吊り上げ、猫耳娘がいかにも不機嫌そうな顔をこちらに向けていた。
「え、何?」
近づいてセクハラをしよう、としたとでも思われたのだろうか。だったら、誤解だ。
あ、いや誤解でもないか、こうして観察する事もある意味セクハラだ。
「何って。今あんた私の名前呼んだでしょ」
名前。ああ。
そこで俺は、ようやく理解した。この数字は、この猫耳娘の名前なのだ。
そういえば、保健所の動物に、そんな数字が付けられていたような気がする。
そして、彼らはあたかもその数字を、名前のように扱われているのだ。
でも、数字は名前にしてはあまりに味気無く思う。名前は意志であり、願いであり、存在その物なのだ。
それを数字のような意志の無いただの記号で表すとは、なんだか許せない。その存在に対する冒涜とすら、感じる。
「072、072、オナ、オ……」
駄目だ、どうしてもアレが頭によぎってしまう。俺は思春期の頭を呪った。
「何してるのよ?」
不機嫌と疑問を織り交ぜた顔で、頭を捻る俺の顔を覗きこんでくる。
「名前、考えてるんだ」
「名前ならあるわよ、072って」
「それは名前じゃない。ただの番号だ」
「番号だって名前じゃないないの?」
「番号は、区別するための物。でも名前は、区別するためだけの物じゃない、存在を証明する物だって俺は思うんだ」
彼女はそれきり黙った。納得したのか、それとも臭い台詞に呆れたのか、わからないが。
ただ、考える俺の顔をジッと見つめる態度からすると、あまり悪い評価ではないのかもしれない。
「ユキ」
「ゆ、き?」
猫耳娘、いやユキは、俺の言葉を反芻する。
雪のように白い肌、だからユキとあまりに短絡的なネーミングだが、少なくとも数字よりは百倍マシだろう。と自負しているが、果たして受け入れてもらえるだろうか。
「ユキ、ユキ、ユキ……」
繰り返し、繰り返し、味わうように、俺の名づけた名前を呟く。
瞬間、ユキの顔が綻んだ。花の咲いたような、その屈託のない微笑みから俺は察した。
気に入ってくれたんだ、と。
「気に入ってくれたみたいだね」
が、その一言で、呆気なく微笑みは消えた。
まるで、桜の花をショットガンで撃ち抜いたかのような感じに。
「べ、別に気に入ってないわよ。ただ、数字よりはマシだと思っただけよ」
そして、またいつも通りの怒った調子で言った。
なるほど、ユキはこういう性格なのだ。いわゆる、素直になれない症候群……ツンデレ。
「だから、しょうがないからユキって、呼ばせてあげる」
「はいはい」
苦笑いで、ユキの言葉を流しながら立ち上げたパソコンの電源を落とした。
なんだか、久しぶりに心に風が入り込んだみたいだ。



「ブリーフからトランクスに変えたらさぁ。小便した後、ちゃんと水切らなかったせいか、隙間からこうっ……」
椅子の前足を上げながら、紙パックに入ったオレンジジュースを握り締め、トシは言った。
「黙れ」
短く、角が立たない程度に俺は強く言った。。
昼食の時間に限って、トシはとびきり下品な話をし出す。
「食事中だぞ。ったく、緑茶がマズくなったよ」
そう言いつつも、俺はペットボトルに僅かに残った緑茶を飲み干す。市販の緑茶は緑というより黄色に近い。
それこそ、ラベルを取ったら飲みたくなくなるほどに、尿に近い色をしている。
「小便も緑茶も変わんないって、小便普通に飲んでるヤツみたことあるぞ」
「どこで?」
「AVで」
そんな馬鹿な答えに、半分本気で呆れ顔を作る。
トシと付き合ってると、これはわざとボケてるのか、それとも素なのかときどきわからなくなる。ボケてるヤツは、結局そのネタバラしをしないわけだから、いつまで立っても疑問が解決する事はない。
だからといって、それがむずかゆいとか、気が晴れないとか、そんな事はないのだけれど。
「そっか、じゃ飲んでこいよ。そうだな……唯あたりに飲ませてくれって、頼んでこい」
「おう!」
と、意気込んで、トシは教室の一番前の席でボオッとしている唯の下へと走っていく。
田辺唯は、小学生からの俺らの幼なじみだ。だから、トシの冗談の範囲も考えもだいたいわかっている。
こういうのを以心伝心っていうんだっけ?考えが、言葉も無く伝わる。実はこれって結構すごい気もする。
トシが唯の前の席に腰を下ろす、そしていかにも重大な事を話すかのような面もちで口を開いた。
この距離じゃ話してる内容はまったく聞こえないが、しきりに頷く唯の姿からして、壮大な前置きを話しているのだろう。
こういう時、トシは何故か慎重だ。学校の成績は、進級会議の常連だが、ポテンシャルは意外に高いのかもしれない。
案の定、唯がショートカットの髪を翻しながら立ち上がる。そして、これも案の定、トシも逃げるように走り出した。
何もかも、高校生になっても彼らは変わらない。小学校も中学校も、ああしてトシは唯に追いかけられていた気がする。
でも、悪い気はしない。世の中に変わらない事ってあまりにも少ないから。
「シュウー!」
助けを求めるように、トシが俺の元へと走り込んでくる。その直後、彼は捕まった。
「唯、違うんだ。これは!シュウの入れ知恵で!」
コイツ、いとも簡単に裏切りやがった。でも、これもいつもの事、こんなやり取り俺らはもう軽く100回は繰り返してる。
「シュウがそんな入れ知恵するわけないでしょ!」
ほらきた。
いつも通りの猿だって予想できちゃう展開。でも、唯は知っているのだ。いつもこうして、けしかけさせてるのが俺だってことを。
そして、俺も唯が気づいてる事を知っている。
いわゆる暗黙の了解ってやつだ。疑問に思っても、それをぶつけちゃいけない。俺は弄る役で、トシは弄られる役、そういう役割を知らず知らずのうちに、人間は演じながら生きている。
その役割は、一度決まれば覆ることは滅多に無い。ヒーローがいきなり脇役に成り下がることが無いように。
だから、唯が俺を追っかけたりすることも、疑うこともない。その役はトシのものだから。
「まあトシ、犯罪だけはするなよ」
肩をすくめ、いかにも自分は無関係な風を装う。
この行動に何の意味もない。でもこれが俺の役なのだ。
「お前がけしかけたんだろ!」
いつも通りの必死なツッコミ。
そんな時、俺は実感する。
俺らはたしかに繋がってる、って。手に取るよりも明確に、俺らはお互いを理解してる、って。

気恥ずかしく、どうしようもなく傲慢な記憶。その記憶を思い出すだけで、別の意味で胸が苦しくなる。
罪悪感と恥ずかしさを同時にミキサーにかけたような感覚。胸の内側へと、体全体がもってかれ、自分自身が小さくなる錯覚。
堪えきれなくなり、鍵のかかった机の引き出しを、開ける。
とっておきのエロ本と、3日で諦めた日記帳、そして……カッターナイフ。
俺はエロ本を読んで夢に浸るつもりも日記帳を見て馬鹿だなぁ、と笑うつもりもない。
そう、目的は一つ。
俺はカッターナイフを握りしめ、充分に刃を出した。くすんだ刃先は刃物としての役割は果てしなく薄い。
それでも堪えられない。
自分が憎くて憎くてたまらない。
自分を傷つけてそれで、事が済むとは思えない。
でも、堪えられない。
この衝動を抑えてられるほど、俺の理性は高くないから。
俺は手首にカッターナイフをあてる。でも、体温より僅かに冷たいソレは、これが現実だと、はっきりと教えてくれた。
現実感が俺の頭を駆け抜ける。
病院の白い部屋、白いシーツに白いベッド、その隣で静かにうなだれる青白い母の顔、手首に巻かれた白い白い包帯。
ああ。
まただ。また俺は越えられなかった。
フラッシュバックをしては発作的にこの行動に走り、ゴールに辿り着くことなく戻る。いままで何百回もコレを繰り返してきた。いや、これからもずっと繰り返すに違いない。
おそらく永遠にゴールに辿り着くこともない。
「意気地なし……」
自分で自分自身を罵る。
意味はない、でもそうでもしなきゃやりきれない。
「独り言、キモー」
ふともう聞き慣れた声が背後からした。振り返ると、案の定ユキが眉をひそめ、いかにも不快そうな顔で俺を見ている。
でも、何だかその顔を見てるとホッとした。
俺には現実味がないくらいの世界がちょうどいい。
「あれ?散歩しに行ったんじゃないの?」
「まだちょっとやめとくわ」
ユキは猫耳を付けているくせに、外に出たがらない。
今日だって、こうしてどうにかその気にさせたのだ。メタボになるぞとか、高血圧とか、あることないこと口にして。
外に出たがらない理由はいまいちわからない。
でも、何かを恐れていることだけは、何となく見てとれる。それも結構恐れている度合いは強い。その証拠にふとした拍子に、いつだって外を眺めている。
そこで、俺は初めて馬鹿みたいに初歩的な疑問にぶつかった。
彼女が外に出ない理由よりもずっと知る必要がある事、基本的とでも言うのか、あまりに大前提過ぎて見落としていた事。
そう、彼女がどこから来て、どうしてあの土管に隠れていたのかという事だ。
でも、直接聞くなんて野暮な事はできない。きっと、いや絶対に彼女は答えないだろうから。
それから、少しだけ心配そうに耳を折り曲げながら、こちらを見つめるユキを見て、少なくとも今は、と付け足した。



「ねえ、続きは?」
なるべくどうでもいい事のように、さりげなさを装いながら、ユキは俺に話しかける。
でも、耳だけは忙しなく動いているので、その内心は丸わかりだ。
三部作の映画の二つを続けてDVDで見た彼女は、先が見たくて仕方なくなったのだろう。
でも三部作の最後の一つは……
「まだ劇場で上映中」
「劇場……」
そう一言だけ呟くと、彼女は考え込むように顎に手を当てた。
映画のために外に出るか、出ないか、ユキなりに真剣に悩んでいるようだ。
「何をそんな悩む必要があるんだよ、ヒキコモリ」
「……その台詞、あんたにだけは言われたくないわ」
「うっ」
言葉に詰まる。
たしかに、俺は自他共に認めるヒキコモリだし、キャリアだけ見れば俺のが二ヶ月ばかり長い。
目糞、鼻糞を笑えない状況。なんだかとっても虚しくなった。
「でも、コンビニには三日に一度、外出してるぞ」
「悲しくなるから、そんな馬鹿なことを自慢しないでよ、もう」
それから、ユキは決心したように頷き。
「行くわ」
できるだけつまらなそうに、一言呟いた。

窓を開ける。新鮮な風が入り、空との距離を縮まったように感じる。
空は雲一つない快晴、風は夏には珍しく涼しげ。まさに絶好の行楽日和だ。
「見なよ、こんなに晴れてるよ」
「映画に天気は関係ないでしょ」
そう言って、ユキはいつものように不機嫌そうに悪態をつく。
でも、どこか声が上擦っていて、内心とても楽しみにしているのが、よくわかった。
相変わらず素直じゃないな、なんて思いつつ、そんなユキの姿に思わず顔が綻んでしまう。
そういえば、俺自身もここ三ヶ月直径200m以上先、つまりコンビニより先に外出していなかった。
「ねえ、それよりこの格好落ち着かないんだけど」
不快そうに眉をひそめ、見せつけるようにクルリと回る。
白いワンピースに、麦わら帽子。
たしかに、まるでどこかの田舎の名家の娘のような格好だけど、そんな少々現代的でない格好であっても、彼女はそれを気にする性格でもない。
現に雨の日に空き地でTシャツ一枚で過ごしていたわけだから。
「別におかしな所はないと思うけど。着なれてないから?」
「そう。これ」
突然現れる純白。いや純白というより、白をさらに大それさせた白のような……聖白。
そんな言葉なんてもちろん存在しないのだけれど、思わずそんな造語を作り出したくなるような神聖さを兼ね備えた、しまいには、こっちが申し訳なるほどの白がとにかく現れたのだ。
その聖白は、足の付け根から下腹部を覆っていた。さらに上部にちょこんと付いたリボンがなかなか可愛らしく聖白さを強調している。
しばらく凝視して、俺はそれがパンツだとようやく気が付いた。
不思議なことに、ここまで堂々と下着を見せられてしまうと、思考が追いつかないらしい。
同時にまったく恥じらいも無く見せられてしまうと、希少価値も霧散してしまうようで、エロ本に載るアイドルのお宝パンチラ写真を見て胸が高鳴るような気持ちは少しも沸いてこなかった。
男の願望の塊も、ユキにとってはただの下腹部を覆う白い物体でしかないらしい。
「で、パンツがどうかしたの?」
「覆われてる感じがとても不快」
何ともノーパン少女らしい発言に、やれやれとため息が出そうになる。
「とは言ってもなぁ」
さすがに町をノーパンで歩かせるわけにはいかない。ユキ一人ならばまだいい。
でも、今回の映画は俺も一緒なのだ。薄情な話だが、ノーパンの痴女と並んで歩くのは少々キツイ。
「もう脱ぐわ」
俺の返事を待つこともなく、ワンピースをたくしあげたまま、ユキはパンツに手をかけた。
「待った!」
「何よ」
「いいから履いとけ」
「何でよ」
何で?
たしかにどうしてパンツって履かなきゃいけないんだろう。
清潔を保つため?
いや、ワンピースに関してだけ言えば、その必要性は無い。
大切な部分を守るため?
布一枚にそんな大それた力があるとは、到底思えない。
ファション性?
そもそも本来見せるためのものでもない。
そう考えると、パンツの必要性はないんじゃないか。ただ、羞恥心を薄めるためのものでしかないんじゃないか。
つまり、ユキのように羞恥心皆無な女の子に、必要性はない。というか、そもそもパンツの存在自体、無駄な気がする。
羞恥心なんてくだらないものをカバーするためだけに存在するだなんて、馬鹿げてる。そうだ、馬鹿げてる。
って、待て待て。
慌てて、いいぞ、ノーパンでいけ、という言葉を呑み込む。
俺らは社会の中に生きているのだ。それは、社会に参加していないように『思われる』ヒキコモリもニートもかわりない。
その証拠に犯罪を犯したら、俺らヒキコモリだって罰せられる。社会がそれを間違いとすれば、どんなものでも間違いで、悪といったら悪で、正義といったら正義なのだ。
理不尽かもしれない。おかしいのかもしれない。
でも、俺らがこうして生きていられるのも社会のお陰である。
社会が犯罪者を罰し、安全な空間を作り出しているお陰なのだ。だからそれに報いるため、俺らも社会に従わなければならない。
たとえ、正しいことが間違いにされても、悪が正義にされても……パンツを履くことは、非効率的で、馬鹿げてることなのかもしれない、でも正しいのだ。
そうなければならないのだ。
「パンツはな、この世界の通行証なんだ」
「はあ?」
意味がわからないのがまるわかりな、そんな顔でユキは聞き返す。
たぶん、これを説明するのは相当苦労する。彼女の反応でそれは容易に予想できた。
「ユキは今、どこにいる?」
「あんたの部屋」
「これからどこに行く?」
「映画館」
「そう、映画館だ。映画館は外の世界。外の世界には、社会っていう箱がある。俺らは嫌が応でもその箱の中に入らなきゃならない」
「どうして、箱に入らなきゃいけないの?」
珍しく素直に不思議そうにユキは聞く。きっと社会という概念を彼女はあんまり理解してないんだろう。
「叩かれる。非難される。下手すれば罰せられる。とにかく酷い目に合わされる。箱の外はとっても過ごしにくい」
「だから、これを履かなきゃいけない、と」
ふむふむ、と頷きながらユキは納得したようだった。
あまり物を知らない彼女は、外の世界を吸収しようとしているのだ。俺のくだらない持論を通して。
だから、彼女にしては、こういう時異常なほど素直なのだろう。
「そう、わかったらさっさと行こう。もう始まるよ」
こく、と言葉も無くユキは頷く。
そして。
唐突に俺の手に何やらすべすべとした、柔らかいものが繋がれた。
「え?」
ふと見ると、ありえないことにユキと俺は手を繋いでいた。
あんなにいつもツンツンしていた彼女がだ。
それが、突然手を繋いでくるとは、小学生がノーベル賞受賞より衝撃的な事件かもしれない。さすがに不審に思い、ユキの顔を見ると、恥ずかしげに下を向きながら、なぜかムスッっとしている。
「外、怖いのよ。悪い?」
「いや悪くないけどさ」
少なからずユキに頼られてることに、少しばかり嬉しくなりなる。
でも、同時に申し訳なくなった。きっと俺はその恐ろしいものからユキを守ってやることはできなそうだから。
俺は、現実から目をそらし続けたヒキコモリ。どうしようもなく無力だから。


電気が落とされ、徐々に辺りが暗くなる。スクリーンと自分達との距離が一瞬無限になり、また元に戻る。
あまり広くない映画館内には、俺らの他に数えるほどしかいなかった。これならば、ユキの耳を隠すための麦わら帽子を誰かに注意されるなんて事もなさそうだ。
 るるぅるるぅー!
不意に馬鹿でかい音量と共に、お馴染みの携帯マナーについての注意が流れる。映画館の風物詩、妙に長い宣伝が始まるようだ。毎度の事ながら沸き起こる興奮を冷やしてくれる。
そんな宣伝にさぞかし退屈してるだろう、と隣のユキを見た。
が。
「わぁ………」
思わず零れてる感嘆が、すべてを物語っていた。宣伝は興奮を冷ますどころか、ユキを煽っていた。
それだけじゃない、感嘆もさることながら目もすごい。幼稚園児が憧れのヒーローと後楽園で握手したって、そんな目はしないだろというくらいに輝かしている。
その姿はあまりに幸せそうで、こっちにまで幸せが溢れ来るようだった。
そんな爛々と輝く目を、自然にかわいいと思った。
喜びや楽しみをこんな風にわかりやすく子供のように表現できる人は、なかなかいない。
いたとしても、こんなに自然には示してくれない。
人はもっと計算じみたあざとい動きをする。無垢を装った考え尽された動きを。
「何よ?」
視線に気づいたユキがこっちを向き、口を尖らせる。
「いや、かわいかったからさ」
素直な感想がポロリと零れ落ちる。
瞬間、ユキの体がピクン、と飛び跳ねた。
そして、唇をわなわなと震わせ始めた。
どうもおかしい。そう思って覗き込もうとしたら、不意に顔を上げた。
暗いところでもわかるくらいに、赤い。
「か、かわいいって!ななななななな、何言ってんのよ。大丈夫?こんなとこ来て頭おかしくなったんじゃない?ま、まあそう思うことはわるいことじゃないわ。え?べ、別に嬉しくなんかないわよ!勘違いしないでよ。
あんたなんかにかわいい、だなんて言われたって……言われたって……」
一気に捲くし立てる。
顔は、沸点超過という感じだ。動揺してるのは一目瞭然で。喜んでいるのも照れているのも、火を見るよりあきらか。
普段は辱恥の欠片も感じない彼女にしては、あまりのギャップに、正直驚いた。
かわいいと呼ばれると女の子は誰であろうと、喜ぶ者だなんてことを、どこかのホストがぬかしていたけれど、どうやら本当らしい。
女の子から一番遠い女の子、いや、そもそも人間であるかも怪しい者がこれだ。
「まあ、楽しみなよ」
本当はそういうところがますますかわいい、とでも言ってやりたかったが、そこまですると、ユキが壊れてしまいそうなので、グッとその言葉を呑み込んだ。
「い、言われなくてもそうするわよ」
まだ顔をほのかに赤らめたまま、ユキは前を向いた。

チープな脚本に迫力のないCGの戦闘、突っ込みどころ満載の無理矢理纏めたラストシーン。
映画は文句なしのB級だった。
が、ユキは映画館で見れた事だけで満足しているらしく見るからに上機嫌。水を挿すのはあまりにかわいそうというか、無粋なことのように感じる。
うむぅ、とこの映画についての感想を頭を捻りながら考えていると、ユキが意気揚々と話しかけてきた。
「面白かったわね!」
これでもかってほどの満面の笑みが眩しい。こんな笑みをユキに向けられたのは、同居生活から一ヵ月、初めてのことだ。
いや、そもそも不機嫌な顔以外俺に向けられたことはないかもしれない。
「うん、まあよかったね」
「あのラストシーン最高だったわ。ヒーローとヒロインの最後の台詞……ああ、考えただけで胸が、こう」
俺の一番ツッコミたいラストシーンを、事も無げに大評価。猫耳人と人間では感性が違うのか。
いや、そうじゃない。ただ単に映画を見ている絶対数と人生経験が足りないのだ。そう考えると、無知は幸せなのかもしれない。
知ることの喜び、感じることの喜びがその分大きいのだから。
たしかに、俺も子供の頃は幸せだった。何も考えず日々の生活の発見を楽しんでいた。世の中の不景気も、母親の老後も、将来の不安も考えも及ばなかった。
ユキはさながら子供のようなもの。少しだけそれが羨ましい。
学んでわかることも増えた、学んで感じることも増えた。
でも、無知の頃の幸せには到底及ばない。
そして。
俺はユキを見た。
うん?と不思議そうに瞳が動く。
ガラスのように美しいその瞳はそのまま俺を映し出していた。汚れた俺、罪を背負った俺、無力な俺。
美しい自然を守りたい、とエコロジストは言う。美しい絵画を、世界の遺産として、文化人は守ろうとする。
きっと美しいもの、穢れの無いものを守ろうとするのは、人間の本能なのだろう。
だから俺は。
守りたいと思った。雨から、雪から、世界から、そして彼女の恐れる『何か』から、無力な俺なりに。精一杯。



その日がそれで終われば、単にいい日として記憶に残ったんだろう。
夕食を買うためのコンビニへの外出。
5時付近の取るに足らないニュースなんて見なければ、パソコンを開き10分でも遅れて出ていれば、そんなほんの少しの違いで俺はその出来事を避けられたのだ。
運命論なんて信じたくないけれど、やっぱり必然ってあるのかもしれない。
そんなことを、背後から掛けられる声を空耳だと思いこみながら歩き、考えた。
「シュウ!」
二回目。さっきより少し語気を荒くした声。その声の主が誰か、なんて事は、振り返らなくたってわかる。
この十何年、ここ三ヶ月を除いて、毎日のように聞いた耳たこな声。
前に伸びる自分の影を恋しく思いつつ、俺は渋々振り返る。
するとやっぱり案の定、そこには唯がいた。
三ヶ月前より伸びた髪は、ショートカットから短めのポニテールへと変わっていたけれど、それ以外は、何一つあれから変わらないそのまんまの姿で。
正直言えば、一番会いたくない人間だった。どうしても、あの事件の事を考えずにはいられないから。
「ほら、やっぱりシュウだ!」
ニッコリと久々の再会を喜ぶ笑みを、唯は浮かべる。その様子からして、もうあの事件の事を引きずってはいないんだろう。
でも、当たり前なのかもしれない。俺と唯とでは、事件との距離が違うから。
彼女は、俺と違って何も後ろめたいことをしていない。
「久しぶりだね、唯」
何とか笑顔を作ろうと、自分でわかるくらいぎこちない笑みを浮かべる。
作り笑いって難しい。特に、三ヶ月ヒキコモリ中の俺にとっては。

あえて『最近どうしたの?』なんて質問をしない唯の無言の気遣いが、俺にはむしろ苦しかった。
彼女は、突然ヒキコモッタ俺をどう思っただろう。
事情を知らない彼女は精神の弱いヤツだと、軽蔑したんだろうか。それとも哀れんだか。
勘違いしているのなら、わかって欲しかった。でも、それを話すには、俺の心は、弱すぎる。
目を逸らせるならば、いつまでも逸らしていたいし、忘れられるなら忘れたい。
本当に辛い過去や重い話は、話して軽くなるんじゃない。話して思い出して、また味わって痛むのだ。
でも、この話の方向が向かう先は、すでに俺には見えていた。もう目は逸らせない。俺と唯、二人で話したら、その話題が上がらないわけがない。
十何年、俺らは三人だったから、三人で一つそう言ったって、お互いに否定しないくらいの間柄だったから。
「二人だけで話すなんて何だかおかしいよね。いつもここにはトシが」
その言葉は、わかっていても痛い。でも言葉以上に、あんまりにも寂しげな唯の表情は俺の心を抉った。
俺の外のトシのいない世界。それは俺がヒキコモッテイタ間も、ずっとたしかに存在していた。
もちろん、事実に目を逸らし続けた俺の世界でも、トシは死んでいた。でも、俺は一人である限りそれ相応の罪悪感を背負うだけ。いつまでも俺だけの罪でいられた。
それが、今交わり繋がった。俺の罪は抱えきれないほど大きくなろうとしている。
唯のトシ、トシの両親のトシ、トシの妹のトシ、クラスの中のトシ。
そのトシは皆死んだ。
俺はどうしたらいい?
親友を殺した罪をどう償えばいい?

走り出して辿り着いた所は、土管のあるあの空き地だった。
家に帰るのは、自然とためらわれた。もう、あそこも良い意味でも悪い意味でも俺だけの城ではなくなったのだ。
頭上から一滴、雨粒が落ちてくる。その余韻を味わうことなく、瞬く間にその一滴はひとつの流れになった。
雨は容赦なく身に染み込んでくる。体を冷やし、濡れた衣服は俺を不快にさせた。
でも、そんなのは、気にとめるほどの事じゃなかった。何よりトシの事が、容赦なく俺を締め付けたのだ。
思考は何度も何度も、同じようにループをしながら、戻っては進みまた戻る。
どうしようもなくなった時、人間ってのはまったく動けなくなるんだ、という事を改めて感じた。

時間の感覚がわからなくなるほど、それを繰り返していたら、視界の端で何かを捕まえた。
ユキがいた。
傘も差さずに、あの日あった時のように雨に濡れ、ほとんど衣服の意味をなさなくなったTシャツを着て立っていた。
ただ、あの日と少し違うのは、彼女は今体が泥だらけだということ。俺を捜すのに相当苦労したに違いない。
「帰るわよ」
いつもの仏頂面で、彼女は言う。
普段じゃ見られないような優しい行動は、素直に嬉しかったけれど、俺はそこを動くことができなかった。
でも。
「俺は、親友を殺しちゃったんだ」
その代わりに、自然と言葉が口から出てきた。なぜだか。そんなのはわからない。その場の感情を明確に説明できるほど、俺の心はもう正常じゃない。
「殺すつもりはなかった。ただ、思ったよりも言葉ってのは、強かったんだ。だから、トシは死んだ。俺の言葉でね。結局、アイツが何に悩み、何を好みんでいたかとか、俺自身トシの事は何もわかってやれてなかったんだと思う。
でも、不幸にも俺は、自分はトシの事は何でもわかってるって、自分を過信していた。トシはクラスの人気者だったんだ。アホなことを言っては、人を笑わせて、アイツが一人いるだけで、クラスは何倍も明るくなった。でも、トシは人気者には成りたくなかったんだ。
トシは、いつも不安だったんだ。人に嫌われたり、嫉妬されたり、恨まれたり、見放されたりすることが。だから、トシは道化として生きることにした。人に笑われる間は、恨まれも嫌われもしないから。でも」
初めきょとんとしていたユキの顔は、俺をまっすぐに見つめている。
耳をピンとそばだてて、一語一句聞き逃さないように、真剣に。
雨が容赦なく俺らの間に降り注いでいる。その微妙な距離感を持たせてくれる雨が、何故だかとてもありがたい気がした。
「俺は何もわかってあげられなかった。何の悩みもない、ただのアホだってそう思ってたんだ。だから、特に考えもなく言っちゃった。トシの身を切るように切実な質問だって言うのにさ。そしたら、アイツ……」
苦しくなる。息が詰まる。
認めて、見つめて、向かい合うことは辛い。どうしようもなく辛い。
「ドアノブで首吊って死んじまったよ。遺書なんか何も残すことは、無かったけど。それから、怖くなって俺は逃げ出した。町を歩けばどこにだって、トシの影がちらついていたから、ヒキコモルことにした。
でもさ、どうやったって思考の端には、トシがいた。目を逸らそうとすれば、するほどむしろトシの姿は鮮明になって……だからこそ、ここまでトシの事、わかってあげられるようになったんだけどさ」
言い終わった。俺は言葉にすることで、ようやくトシの死と向き合えたのだ。
妙な達成感と充足感が体を満たすと同時に、しでかしたことの罪悪感が重く背にのしかかる。あとはそう、償うだけ。
「くだらないわ」
そんなセンチメンタルな気持ちに浸る間もなく、短くピシャリとユキは言った。
耳を疑わずにはいられない。慰められるなんて甘い事を思っていた訳じゃないけれど、その答えは、予想もつかなかった。
自分で言うのは何だが、どう考えてもこれは、くだらないことじゃあない。
むしろ、凄まじくセンチメンタルな重い重い話であり、高尚な悩みだとすら思う。
なのに。なんなんだ、この答えは。いくら人間ではないとはいえ、マナーが悪すぎる。
少しだけ、怒りを視線に込めながら俺はユキを見返す。
でも、ユキは少しも怯む様子もなく、むしろ俺以上に怒りを込め睨み付け返した。
耳をわなわな怒りに震わせている様子は情けない話だけれど、逆にこちらが怯んでしまう。
「あんたは、贅沢よ!」
贅沢だと?さすがにカチンときた。
人がこうまで背負い続けてる罪悪感を贅沢だと。正直、思い知らせてやりたい。
友人を心無い一言で自殺させてしまった人間のこの苦しみを。
ユキは耐えられないに違いない。耐えられなくて、どうしようもなくなって、俺のように自分を傷つけようとするに違いない。
所詮、人は人の苦しみなんて理解できないんだ。俺がこうまで苦しんでる事実を、世界の誰もわかってくれない。
それが虚しくて気が滅入るが、無神経なユキへの怒りのが勝り、俺は声を荒げて言った。
「おまえには、何もわからないんだよ。どうせ、温々と何の悩みも無く生きてきたんだろう。羨ましいこったよ、まったく」
「わからないわよ、そんな贅沢者の悩みなんかね。むしろ、わかりたくもないわ。でもね、温々生きてきたつもりはない。
不幸の自慢をするわけじゃないけど、今のあんたより私はずっと、苦しい思いをしたわ」
「だったら、どうしてわからないんだよ。俺のこの苦しさが」
「じゃあ、聞くけどあんたは、わかってもらってどうして欲しいわけ?よしよしと頭を撫でてもらってほしいの?それとも、親身に聞いてもらって適切なアドバイスでもしてもらいたいの?だとしたら、私はどれもしてあげられない」
たしかに、わかってもらってどうするのだろう。話したって、苦しみが軽くならないことを俺は知っていたのに。
だったらどうして?
答えはすぐに出た。
聞きたかったんだ。この社会に属すること無い『捨て猫』に。
彼女の価値観で、教えて欲しかった。この罪が取るに足らない物なのか、償いきれないほど大きな物なのか。
「そうだね。じゃあ教えてくれないか?俺のした事、ユキはどう思うかを」
「だから言ったでしょ。贅沢だって。私はね」
そこでユキは耳を折り曲げながら躊躇うように、一呼吸置いた。
猫のような、というか半分猫の彼女のことだ。やっぱり警戒心も高い。特に、自分の過去のようなプライベートの事ととなれば、人間だって少しは躊躇う。
「私は、自由に憧れてた。いや、憧れというより、切望ね。つい最近まで、私の世界は、白い実験室だけだったから。寝ても覚めても白一色の世界っていうのは、気が狂いそうになるわ。想像できるかしら?何もない、たまに来るとしても実験所の職員くらいの世界が。時間を潰そうにも、あんたの家に当たり前にあるテレビやパソコンも何もないのよ?
あり過ぎた時間って言うのは、どんな拷問よりも辛い物よ。苦しみとか、怒りとか、全部通り越してあまりの不自由さに死にたくなった時もあった。それでも、外の世界で色々な物に出会う事を夢想して何とか耐えたの。
そんな私にとっては、あんたはとっても羨ましいわ。たしかに、罪悪感は、あなたを苦しめるかもしれない。
でもね、あんたは選択次第で、いくらでも自由に生きられるのよ。あんたには、一生わからないかもしれないけれど、それってとってもとっても素晴らしいことなんだから」
なるほど、と思わずにはいられない。
そんな不自由な生活をさせられたユキの口から出るからこその、重みもある。たしかに、彼女と比べられては俺も贅沢野郎だ。
でも、だからと言って、俺の犯した罪はなくなるわけじゃない。
「この悩みも贅沢だってのはわかったけれど。俺のやった事は、どうすればいい?償うも償う相手はもういない。法に裁いてもらおうにも、法にかかるような罪でもない。忘れろとでも?」
「償えない罪ならば、背負っていくしかないじゃない。一生懸命生きていくうちに、そのお荷物は軽くなってくわよ」
それで、いいのか。そんな簡単な事だったのか。
疑問はいくらだって残る。それに、苦しいことは変わらない。
でも、光明は見えた。何をすれば良いのか。それがたとえ、ユキの価値観から見たとても主観的な物であっても、道は見えたのだ。
一生懸命、精一杯生きること。それがトシへの供養。



次の日の朝には、もう雨は止んでいた。
窓から差し込む夏の残りカスみたいな光が、容赦なく部屋の温度を上げている。
これで、パソコンを立ち上げてしまえば、いつもの日常。でも、俺はそれを選ぶわけにはいかなかった。
三ヶ月ぶりの制服に着替え、成長期の終わりを痛感しつつ、一言、同居人への挨拶をしようとベッドに近寄る。
いつもユキは、10時起き。まったくヒキコモリの鏡のようなヤツだ。
そこに彼女はいなかった。
いつもならば、膨らんでいるはずの掛け布団は大きく捲られて、中身の無さを強調している。
どこをどう見ても、彼女は消えていた。トイレにでも行っているだろうか、と視線を巡らせるが、すぐに彼女が出ていったことを確信した。
昨日脱ぎ捨てっぱなしであったはずの白いワンピースがない。
なんだかんだ言って、彼女はあのワンピースを気に入ったらしい。
出ていった。
たぶん、彼女は何が気にくわないとか、そう言う理由ではなかったのだと思う。
だからと言って追われる自分をかくまう俺を、心配してのことでもない。
俺には何となくわかる。彼女は俺に情が移って、自由に生きられなくなることを恐れたんだろう。
彼女は、猫じゃなかったんだ。

母親のギョッとしたような顔を尻目に、道路へと躍り出る。
早く起き過ぎた朝の住宅街の景色は、とても新鮮だった。
道路の傍らに咲く雨に濡れた雑草、遠くで聞こえる飼い犬の声、澄んだ空。
澄んだ空には、一つ雲が浮いていた。猫耳を生やしたような、丸っこいの雲。自由気ままに浮かんでいる。
それを見て霞む目を擦りつつ、俺は走り出した。
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